2013年09月13日

「ワーク・シフト」に大いに共感

8月に退職するまでの7年間、コンサルティング会社の人材開発を担当していた。
新卒者を採用して育てるということは殆どなく、大半が経験者採用だった。常に人手不足の状態で、優秀な人材を採用することに追われていた。
世の中は、若い人の雇用が大きな問題になっているのに、高い給料がもらえる若手コンサルタントが不足しているとは、何て皮肉なことか。結局、コンサルタントに必要とされるスキルと職を求める人が持っているスキルのミスマッチなのだ。

私が勤めていたコンサルティング会社の経営幹部は40歳代が大半である。40歳を超えてすぐにトップに近いところまで上りつめてしまった人たちは、これからどうするのか。それも心配なところである。
私と同じ65歳まで勤めるとして20年以上、多分これからは70歳まで働くことになるだろうからあと25年以上。気が遠くなる。仕事に対するモチベーションが持続するのだろうか。

そこで私が手に取ったのが、リンダ・クラットン著「ワーク・シフト」(孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>):プレジデント社 である。

本書は、在職中に書店で最初の部分だけ立ち読みし、「日本の実情はちょっと違うから参考にならないかもしれない」と勝手に考えて買わずに戻したものである。でも、時間がある失業者なので(要するに暇人)思い切って読むことにした。

結論から言って、私の思い込みは全くの誤りだった。まさに、私が最近感じていた「これからの働き方に対する心配」を論じていて、それに対する提言(3つのシフト)がとても腑に落ちるものだった。

まず、2025年の働く人たちのストーリーに引き込まれる。
「漫然と迎える未来」では、時間に追われ続けてものを考えることもできなくなっている女性、技術の進歩により人とのつながりが断ち切られた孤独なエリートたち、スキルがないために繁栄から締め出された貧困層の若者(2013年でも居そうな人たち)が物語として紹介されている。これらにはぞっとさせられる。
「主体的に築く未来」では、多くの人たちと力を合わせて大きな仕事をやり遂げる人たち(現在のクラウドソーシングの未来形)、ソーシャルな活動に積極的にかかわりバランスの取れた生活をする人たち、自分のスキルを生かし、ITも駆使して起業する人たち、が描かれていて、希望の光が見えてくる気がする。

3つの働き方のシフトとは、次のものである。
1.ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ
2.孤独な競争から「協力して起こすイノベーションへ」
3.大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ

1については、私も実感してきたことである。たとえば、ビッグデータがビジネスの話題になっているが、ここで必要なのは単なる統計の専門家ではなく、ビジネスも分かり、ITも使える人、あるいはそれらの人を取りまとめられる人であり、決して従来のゼネラリストでもなければ、単独の技術のスペシャリストでもない。

2については、すでに多くの成功事例が出ているので、今後さらに発展することは予測できる。

3は、マインドを変える、ということである。「何かを諦めなければならない」ということも本書では書かれている。
驚いたのは、次のような記述があったことである。
「自分がどういう人間なのか、人生で何を大切にしたいのかをはっきり意識し、自分の前にある選択肢と、それぞれの道を選んだ場合に待っている結果について、深く理解しなくてはならない。」
これって、U理論のプレゼンシングのところで書かれていることとほぼ同じことを言っているのではないか。
つまり、私の「真の自己」とは 私のなすべき「真の仕事」とは と内省するところである。

幸せとは何か、自分は何ができて、何をすべきなのか、考えるべき時なのかもしれない。
posted by 石田厚子 at 12:20| Comment(0) | 本を読む

2013年09月12日

「心理劇の特質」でロールプレイの訓練

8月に退職する際、会社に置いてあった書籍(私物)を、持って帰っても置く場所がないので会社の図書室に寄付した。全部で52冊あった。切りのいいところで50冊を渡し、2冊だけ持ち帰った。2冊とも500ページ近くあり、結構重かった。

1冊は、市川亀久彌著「創造工学」(等価変換創造理論の技術開発分野への導入とその成果)である。これは絶版になっていたのを復刻したもので、なかなか手に入らないだろうと手元に置いておくことにした。値段は何と5000円である。
もう1冊が、黒田淑子編著「心理劇の特質」(ドラマ探訪):朝日クリエ である。
これは、たまたま書店(多分、ジュンク堂)で見つけて買ったもので、多分もう二度と見つけられないだろうと思って持ち帰った。

後で気づいたのだが、私のお気に入りだった「ストーリーとしての競争戦略」(楠木 建著)、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」(トム・ケリー著)、「考える技術・書く技術」(バーバラ・ミント著)も置いてきてしまった。いずれも、何度も読み返したので、卒業ということにしておこう。

今日の本は、「心理劇の特質」である。
中学生の時、道徳の授業(そんなものあったっけ?)でサイコドラマというのをやって、結構楽しかった。日頃の家庭でのできごとをドラマにして演じて、皆で思ったこと、感じたことを話し合う、というものだったと思う。それから50年を過ぎて、そういうものの存在すら忘れていた。本書は、サイコドラマの研究者の研究成果を集めたものである。事例とそこから学ぶことが、37の特質で分類されている。
実を言うと、学問的なことは興味はなかった。ここに出てくるドラマ例が、コンサルタントの研修で使えないか、と思ったのである。

退職までの7年間、私は人材開発担当者として、社員(主として若手のコンサルタント)の教育を行っていた。主なものがコンサルタントの基礎スキルである、ヒアリング、ロジカルシンキング、プレゼンテーションである。さらに、管理職向けのコーチング、ファシリテーションの研修も行った。いずれもオリジナルの教材を使った体験型のもので、その中心にあるのがロールプレイであった。
ロールプレイにサイコドラマの手法を使ってみてはどうだろうか、が出発点だった。

ヒアリングにしてもプレゼンテーションにしても、相手の立場に立って、相手がどう感じているか、どう受け止めているかを想像できなければ、本心は聞き出せないし、思いは伝わらない。その訓練にロールプレイを使っていたのである。

ドラマの事例のいくつかは、研修の最初のアイスブレークのためのゲームで使った。
たとえば、旅に出てお土産を買ってきて渡す、というゲーム。これは生徒が結構乗ってくれた。
また、町内会の秋祭りの打ち合わせを忘れて犬の散歩に行き、戻ってどう振る舞うか、というゲーム。これも、ロールプレイの前段としては有効だったと思う。

この本でサイコドラマというものを知ったことで、それ以前に行っていたロールプレイから大きく変わったのは、次の点である。
・演じてはいけない。自分が感じたままに振る舞う。
 それまでは、顧客先の専務になるとそれらしく威張って見せる、とか怒って席を立つ、といったことを面白がって演じることがあり、却って「お遊び」になってしまう傾向にあった。それを自分が専務だったらどう感じるだろうか、と十分考えることで相手の立場に立つ訓練ができるようになった。

これまでなら、本書はビジネスには無関係のように思えたかもしれないが、これからのビジネスで重要なことが学べる可能性がある。
posted by 石田厚子 at 13:44| Comment(0) | 本を読む

2013年09月11日

「価値づくり経営の論理」で10年前を懐かしむ

涼しくなって、早朝の犬の散歩も実に快適。ただ、5時前に家を出るのでそろそろ懐中電灯が必要かな。

本日の本は、延岡健太郎著「価値づくり経営の論理」(日本製造業の生きる道):日本経済新聞出版社
著者の名前と、「価値づくり」という言葉に惹かれて購入。1日で読めた。

延岡教授とは、10年以上前にけいはんな(京都、大阪、奈良にまたがる研究都市)で行われたMOT(Management of technology)の1週間コースで講師と生徒として出会っている。年齢は私より10歳ほど下。当時は神戸大学におられたはずである。
そのMOT研修は、企業の研究所長、研究部長を集めた合宿で、米国から来られたMITの教授陣、トヨタなど日本のものづくり研究で有名な藤本隆弘教授(東大)らが講師として名を連ねていた。参加者は関西、関東の名だたる製造業から集まった20名ほど。そこに最年長の50代前半の生徒として私も参加していた。

この研修で今でも覚えているのが、'Value Creation(価値創造)'と'Value Capturing(価値獲得)'の違いについての講義である。MITの女性の教授が、「日本はValue Creationで止まっている。Value Capturing'まで追求しなければ世界では勝てない」と言われたのに対して、生徒である我々は意味が理解できず、数人で講師に質問に行った。当時、企業の研究者、開発者にとっては、価値を創造することが目標であって、その先何を獲得すべきなのかが理解できなかったのである。
その時の回答は、「価値を作るだけでは足りない。それを市場に出して、そこから対価を獲得するまで考えるべきである。」と言うものだった。意味は分かったが、腹落ちしていたとは言えない。

それから数年して、私は子会社に移り、米国人の社長と出会うことになる。最初の全社ミーティングで言われた言葉は、'Make Money!'だった。その時、'Value Capturing'を本当に理解できたように思う。

本の話に戻る。
この本の最初の部分で、'Value Creation(価値創造)'と'Value Capturing(価値獲得)'が出てくる。しかも、いずれも'Value'が出てきてわかりづらいので、この本では、「ものづくり」と「価値づくり」として論じている。まるで自分のことを言われたようで懐かしいような、恥ずかしいような。
しかし、'Value Capturing'を「価値づくり」と言われたとたん、研修で感じたえげつなさ、社長から'Make Money!'と言われた時の頬をひっぱたかれたようなショックが薄れ、何だかお行儀よくなってしまったような気がした。

本書では、日本の製造業が「ものづくり重視」から「価値づくり重視」へと転換していくべきだとする一方で、「価値づくり」を追求するとともに、「ものづくり」も追求し続け、決して手放してはならない、と主張している。
また、「価値」を「機能的価値」と「意味的価値」に分類し、最終的に、意味的価値を追求することを提言している。
そして、出てくる言葉が「深層の価値創造を目指す」というもの。何だか、またU理論のプレゼンシングの世界に踏み込んだのか(?)と思わせるが、こちらは「何かが下りてくる」的なものは全くなく、企業の底力(組織能力、積み重ね技術)によって顕在化していない顧客が喜ぶ価値(潜在ニーズ、意味的価値)を創り出そう、という至ってまともなものである。

価値づくりに成功している企業として、定番のアップル、日本企業としてのキーエンス、シャープなどを挙げているが、過去の事例を分析する手法だとやはりこういう例になるのかな。
ただ、シャープの現状などを考えると、過去の事例から学ぶことの限界を感じてしまう。

かといって、「何かが下りてくる」的なU理論には抵抗があるし・・・まだまだ悩まなければ。
posted by 石田厚子 at 10:11| Comment(0) | 本を読む