2015年01月04日

遂に見つけたプロデューサー人材育成の本

ずいぶん長い期間ブログを書いていなかった。それどころか、1年以上も自分の技術士事務所のホームページの更新をしていない。これでビジネスをしていると言えるのか。言えません。
実は、昨年より大学の特任教授となり、そちらの方が本業になってしまったのだ。それでも本ぐらい読まないでどうする、と自分に言い聞かせてきたのだが、とにかく週10時間も講義をし、そのテキストを作りながらの自転車操業状態で、寝ても覚めても、休みの日も講義のことばかり考えていたので、全く余裕がなかった。
ようやく期末試験を終えて、久しぶりに書店に立ち寄った。私を待っていたのがこの本である。
山下勝著「プロデューサーシップ」(創造する組織人の条件) 日経BP社

もう2年以上前になるが、2度目の定年退職をした会社で人材育成を担当していたとき、目指していたのがプロデューサー人材を育てることだった。しかし、イメージはあるものの、プロデューサー人材とは何かが明確に定義できず、従って育成カリキュラムもできなかった。
その後、大型書店をいくつか回って「プロデューサー」に関する本を探したが、1,2冊、イメージに近いもの(例えばアグリゲーター)を見つけただけで、これは、というものに巡り合えなかった。

そして、大学で数学やデータベースや技術者倫理などを教えるのに四苦八苦しているうちに、プロデューサー人材はどこかにふっとんでしまった。しかし、本来、これからの産業を担う人材の育成は大学からすべきである。私が企業を定年退職して大学の教師に迎えられたのは、企業が求める人材について知っているということを期待されていたからではないか。であれば、もう一度、これからの企業に本当に求められる人材について考えるのは、大学教師としての私の仕事のはずである。

本書は2014年11月に出ている。私は出版されてすぐに手に取ったことになる。これは偶然とは言えない巡り合わせではないか。しかも、本書は構想から2年かけて出版されたとのことである。やはり、専門の研究者も「プロデューサー人材」について長く考え続けてきたのか。

本書の特徴は、最初に映画のプロデューサーから話を始め、具体的なイメージがつかめるようにして、後半の組織論、キャリア論、リーダー論に入っていくことである。学術的な議論もあるものの、理解がしやすく、読み進めるのが容易である。
日本企業の事情についてもよく認識されており、トップが「プロデューサー」を求めていても、実際は社内でその候補者を見つけて日の当たる場所に連れてくることすらできていない実態がよく書かれている。私の経験からも納得できる。

さて、それでは、どうやってプロデューサーを育てるか。まずすべきことは、プロデューサーを育て、活躍させられるサポーター人材を育てなければならない。力のある(と周囲が認め、自分でもそう思っている)人は、自分が前に出ていきたがる傾向がある。サポートは裏方の仕事で日の目を見ない、という考え方を改めなければなるまい。同時に、サポートする人も評価する仕組みを企業も作るべきだろう。

これから、プロデューサー人材の育成に関する本がもっと出てくることを期待しよう。
posted by 石田厚子 at 10:40| Comment(0) | 本を読む

2014年05月06日

「領域を超える経営学」で若手研究者の心意気を感じる

最近、力作とも言える書籍を何冊か読んだ。これまでのように、すぐにブログで紹介、という訳にもいかず、読み返すのは気合が必要、という事態に陥っている。
その一冊がこれである。著者は、私の娘と同年代の30代半ば。それでありながら、起業家、マッキンゼーのコンサルタント、オックスフォード大学でPh.Dを取り、現在は経営学者として国際経営論を研究し、立命館大学の准教授を務める。私が驚いたのは、その経歴よりも、学問に対する地に足の付いた取組姿勢である。

この本とは、
琴坂将広著「領域を超える経営学」(グローバル経営の本質を「知の系譜」で読み解く):ダイヤモンド社
である。

著者の経歴は、「はじめに」で示されている。さらに、本書の目的が、『多国籍企業と国際経営戦略を軸に、グローバル経営の本質を探る』であることも明示されている。

私自身は、グローバル人材の育成をひとつのテーマとして調査をしていたことから、グローバル人材と経営戦略の関連について関心はあった。しかし、きちんと「グローバル化」「多国籍企業」「国際経営戦略」などについて書かれた本を読んだこともなく、真面目に勉強したこともない。従って、本書を最後まで読んだが、どれほど理解できたかは正直なところ分からない。

国際経営戦略の本質について私が何かを言うことはできないが、学問に対する姿勢については感じたことを述べることはできそうである。私は50歳を過ぎてから博士の学位を取ることを決意し、仕事とは直接関係のないテーマで研究を始め、57歳で工学博士になった。博士の末席に存在する者として、学問とは何かについて真剣に考えてきたつもりである。

私が感心したのは、過去の研究業績をきちんと調べ、それらの上に新たなものを積み重ねて行こうとする姿勢である。かつては当たり前のことのように行われてきて、最近忘れがちなことを、30代の若手学者がきちんとやっている。地に足が付いている。その意味でも、本書は流し読みなどできない。

著者の琴坂氏の今後の研究成果を楽しみにしたい。
posted by 石田厚子 at 12:18| Comment(0) | 本を読む

2014年04月01日

「GIVE & TAKE」でこれまでとこれからを考える

自分自身の読書の傾向としては、ビジネス書を読むことが多い。最近は、大学の講師として教える内容に関係しそうなものを選んで読む。直接関係のあるITビジネス関係のものではなく、学生が社会に出ていく上で知っておくべきこととしての「雇用」や「技術者倫理」の新たな理論である。これらは新鮮な感覚で学ぶことができる。
その中で「君たちはどう生きるか」的な本に時々ぶつかってしまい、戸惑うことがある。つまり、「もう遅いよ。今さらそんなこと言われても。」という思いと、「いや、まだあと30年は生きるのだから(そのつもり)意識を変える価値はある。」という思いが交錯する。

アダム・グラント著「GIVE & TAKE」(「与える人」こそ成功する時代):三笠書房
は、ちょっと自分の生き方について考えさせられる本だった。

監訳者が楠木建氏である。最初に監訳者の言葉があり、これがとても面白い。ここだけ読めば分かる、と言いたいところだが、やっぱり本体を読まないと腹落ちしない。それが分かっているからか、監訳者は先を読ませるように誘導している。

まずは、人間の思考を3つに類型化する。
1.ギバー(与える人)
2.テイカー(受け取る人)
3.マッチャー(バランスを取る人)
これだけだと、誰でも持っている3要素のように見えるが、そうではない。
1.の人は、「まず与える」。見返りは要求しない。結果としてかなり時間が経ってから自分によいことが来る。
2.の人は、「まず取ることを考える」
3.の人は、「見返りを得るために与える」「与えられたらお返しする」つまり、計算ずくということ。

本書で主張するのは、最終的に成功するのは1.のギバーであるということである。ただし、成功するまでには時間がかかる。
当たり前のように思える。多くの人たちがそう言ってきたようにも思える。しかし、本書では、多くの事例や研究成果のデータでそれを納得させてくれる。

さらに、後半では、ギバーがテイカーの食い物にならないためにどうするか、を事細かに述べている。

まさに、「君たちはどう生きるか」的な本なのである。

私は考える。自分はこの分類のどれだろうか。2.のテイカーとは思えない。他人から奪い取るようなことはとてもできない性格である。3.でもないだろう。あまり計算ずくで他人とつきあることがない。であれば、1.だろう。果して、私のこれまでの人生、それで成功したのだろうか。

結論から言えば、1.でなければもっとひどい人生になっていた気がする。
これから30年以上生きるとすれば(そのつもりだが)、その間に結果が見えてくるのだろう。であれば、これからますますギバーでなければならない。だって、みじめな最期は迎えたくないから。
posted by 石田厚子 at 10:54| Comment(0) | 本を読む